受け継がれる伝統

ちょっとした説明文が入ります。ちょっとした説明文が入ります。
ちょっとした説明文が入ります。ちょっとした説明文が入ります。ちょっとした説明文が入ります。

祇園東(ぎおんひがし)

祇園東江戸時代に、御所を火災から守る任を与えられた、今でいう滋賀県の江州膳所藩の邸宅があった屋敷跡に、お茶屋が数軒建てられ、祇園甲部と同様に、八坂神社の門前茶屋として栄えてきました。

五花街の中では、こじんまりとした街で舞妓さんの人数も一番少ないのですが、今年から街内に祇園花月ができ、歴史と現代の融合する街となりました。

紋章は甲部と同じ「つなぎ団子」ですが、輪のなかに文字は描かれません。

 

祇園東の紋章

祇園東紋章店時代の由緒からヽ御手洗団子を八つ並べた創案は、祇園甲部と同じですが、明治十四年の分離の際、団子つなぎとなって、昭和三十年頃に祇園東お茶屋組合となり今日ではつなぎ団子だけになっています。

先斗町(ぽんとちょう)

先斗町鴨川に沿ってのびる車両は通れない細い通りに位置し、ユニークな読み方は、ポルトガル語で「先っぽ」を意味する「ポント」が語源といわれています。

高瀬川を往来する高瀬舟へ乗船する人々へ向けて、自然と発生した旅籠や茶屋から栄えてきたといわれています。

紋章は、可愛らしい「千鳥紋」で、冬場に鴨川を飛び交う千鳥の様子が、そのまま描かれています。

 

先斗町の紋章

先斗町紋章そもそもは加茂川西岸に、納涼客を対象として茶店が出されたのが起こりですが、紋章は、明治五年、鴨川をどりが初めて開催された際創案されたものです。

用いられている千鳥は、加茂川の冬に情趣を語る名物のひとつで、詩情豊かに心にしみる、いかにも京都の花街らしい紋章です。

宮川町(みやがわちょう)

宮川町芝居との縁が深く、栄えた街といわれています。

歌舞伎で有名な出雲の阿国の小屋をはじめ、数々の芝居小屋が建ち並ぶことによって、それに出演する役者や、観劇するお客様のための宿が増えていったことが、現在の街の礎となったといわれています。

紋章は「三つ輪」で、社寺・町家・花街の三者が合流して学校施設とした記念説や、宮川の故事から三体の神輿を象徴したとも、宮川の「みや」の語呂合わせとの説があります。

 

宮川町の紋章

宮川町紋章三つ輪は、芸妓育成機関の女紅場が府立となったおり、寺社、町家、花街の三行が合流して学校施設とした記念とされています。

明治中期から使用されており、一説には、宮川の故事から三体の神輿を象徴したとも、宮川のみやを語呂の合う三輪として考案されたともいわれています。

PAGE TOP