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月刊 京の舞妓さん 12月号 【2】/2012年 - 舞妓倶楽部
今も昔も、京都の舞妓さんは、世界じゅうを魅了し、インスパイアし続けている。たとえば、着せ替え人形の女王的ブランド『バービー』は、小さな女の子が憧れる“お姫さま”や“お嫁さん”から、映画のヒロインに扮した女優シリーズや有名デザイナーの洋服を身...
Updated Date : 2017-09-14 15:46:31
Author ✎ maikoclub
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華麗なる舞妓ファッション・ラプソディ
今も昔も、京都の舞妓さんは、世界じゅうを魅了し、インスパイアし続けている。たとえば、着せ替え人形の女王的ブランド『バービー』は、小さな女の子が憧れる“お姫さま”や“お嫁さん”から、映画のヒロインに扮した女優シリーズや有名デザイナーの洋服を身に付けた“大人のコレクターズアイテム”まで…ありとあらゆる「女性の夢」をファッションドールの形で実現し、世代も国境も越え、今なお彼女たちを虜にしている。 花街でもたびたび観光客の欧米女性が“舞妓変身”した姿を見るように、舞妓さんもまたひとつの「夢」だ。それを叶えるべく、白塗り、髷、お引きずり、だらりの帯、おこぼ…玩具メーカーのマテル社は、見事なまでにリアルな装いを再現した“舞妓バービー”を誕生させた。聞くところによると、差し替え可能なハンドパーツで、和傘を差したり、舞ったり、さまざまなポーズが楽しめるという徹底ぶりである。 化粧品メーカーの『NARS』は、ユニークな期間限定商品を打ち出し、そのたびに話題をさらっているが、ちょうど今から2年前、『BENTO BOX』という名の「アーティスティックメーキャップボックス」を発売した。 創始者のフランソワ・ナーズは日本文化をインスピレーションの源として敬愛していて、この商品の開発には10年もの年月をかけたという。極上2色の限定リップカラーは、若さと上機嫌を意味する“ホットピンク”を「Sakura」、情熱とパワーを象徴する“赤”を「Maiko」として展開。リップブラシの柄には舞妓さんの5月の簪モチーフでもある『藤』が巻かれた。 そして、『クリスチャン・ディオール』。メゾン設立60周年、ジョン・ガリアーノ氏のデザイナー就任10年を祝う年には、歌舞伎、華道と並び、祇園の芸舞妓さんから着想を得た「ジャポニズム」と称する作品を大々的に発表。いわゆる既製服の“プレタポルテ”ではなく、モードの最高峰“オートクチュール(高級仕立て服)”の場で披露され、世界がその麗しき創造を絶賛した。 しかし、今、ご紹介したのはほんの一例にすぎない。見渡せば、芸妓さん、舞妓さんにインスピレーションを受けて生まれた「モノ」や「コト」はそこかしこに存在している。彼女たちの何が人々の心を掴んで離さないのか。今月は、芸舞妓さんの“装い”にスポットをあてながら、その魅力に迫りたいと思う。
これぞ、パーフェクト・ビューティー。品格は後ろ姿にこそ現る! 
その昔、年齢の低い舞妓さんが花街で迷子にならないようにと、 置屋さんの“家紋”を帯に織り込んだのだそう ああ、感無量。舞妓さんをはじめて見た時、一番胸を打たれたのは、その後ろ姿の美しさだった。大きく抜いた衿からのぞく真っ白な首筋に、まばゆいばかりの金糸銀糸で丹念に織り込まれた“だらりの帯”。菊や雪輪の古風な柄あり、一枚の日本画のような図案あり。足元近くまで長く垂れ下がる帯の端は裾で重なる形に結ばれていて、それが歩くたびに揺れ、揺れるたびにちらりとのぞくお引きずりとのバランスが、長さも、色合いも、実に絶妙…と感じ入り、思わず「これぞまさしく“美”!」。手を打ってしまった。 普段、鏡や写真でなければ、自分の後ろ姿を眺めることはそうないし、得てしてファッションは「前」にばかり気がいってしまうもの。街行く若い女性とすれ違いざまに「なんて綺麗なひとなんだ!」と目を見張り、振り返ってみると…、スカートに“座りシワ”がついていたり、裾が折れてめくれていたり、あるいは、失礼を承知でいわせていただきたいのだが、歩き方にどこか品がなく、そうなると、流行りの洋服というだけの“アイテム”で取り繕ったようにみえてしまい、がっかりしたことがある。 これではせっかくの美人も台無しというもの。同じ着飾るのなら、後ろ姿や所作まで、トータルにとことん美しくあることを極めて欲しい。そう願ってやまない。なぜなら、細部にこだわりを持つことこそ、本当の意味でのおしゃれであり、そこに真の楽しさがあるからだ。
上七軒舞妓のさと龍さん(左)と、祗園甲部舞妓の千紗子さん。 ポッチリ(帯留め)は屋形の家宝。銀の枠にサンゴ・ダイヤモンド・真珠などがあしらわれている ところで、だらりの帯。この特殊な結び方のはじまりはどこにあるのだろうか。調べてみたところ、幅広い帯の両端に“鉛”を入れ、余り部分を垂らす「吉彌結び(きちやむすび)」の発案者・上村吉彌(かみむらきちや)が舞台で付けたことで評判になったとか、実話の心中事件「野崎村」のヒロイン“お染”が結んだ「お染帯」や「文庫結び」がきっかけで流行しはじめた…等など、諸説はさまざまにあった。共通していえるのは、歌舞伎。どうやらルーツはここに深く関係しているらしい。 なぜこのような結び方をするようになったのか。これについては、『京都南座物語』(毎日新聞社/宮辻政夫著)に興味深い記述がある。元禄時代の名女形・水木辰之助が、背の高さと「男」の出やすい後ろ姿をカバーするために、背中に帯を長く垂らしたのだそうだ。これを「水木結び」と呼び、彼こそが歌舞伎界におけるだらりの帯のパイオニアとされている。 帯そのものの美しさもみごとだが、だらりの帯を付けたおぼこい舞妓さんに不思議な色気が漂うのはなぜだろうか。もしかすると、本物の女性よりもしとやかな仕草を熟知した名優たちが築いてきた長い歴史の威力あってのことなのかもしれない。

装いの変わり目は、“己が磨かれた”という、たしかな証拠

「春が来た」 「そろそろ夏か」 「もうじき秋ね」 「冬が近いな…」。 何気なくても、私たち日本人は四季の変化に敏感、それが何気なくても、まるであいさつするかのように、普段から語り合う民族ではないだろうか。 花簪と同じで、舞妓さんのお引きずりには、日本特有の季節の移ろいが散りばめられていて、なんとも味わい深い趣がある。梅、桜、桔梗、モミジ、菊…。クラッシックな花柄のほか、能装束にも使われる鮮烈、大胆不敵な図柄も多い。 お着物の染めはもちろん京友禅。いずれも絹で織られているが、10月~5月は裏地を付けて二重に仕立てた袷(あわせ)、6月と9月は裏地なしの単衣、7、8月は透け感のある絽(ロ)か紗(シャ)というように、仕様はシーズンによって変わる。 しかも、冬場のお衣装とだらりの帯や履き物を合わせたら、20キロを超える重さになるというから、「衣替え、きっとたいへんなんだろうな…」と私などは思ってしまう。しかし実は、変化はこれだけではない。舞妓さんのお着物のディテールは、キャリアによって少しずつ変わっていくのだ。 次の二つの写真は、どちらも祗園甲部舞妓の豆まるさんであり、黒紋付をお召しになられている。しかし、ここに微妙な違いがあるのがお分かりだろうか?すこしの間だけ集中して、ぜひ見比べていただきたい。ヒントは、「衿」とお着物の「柄」だ。
それではまず衿についてお話したいと思う。舞妓さんの衿の色は、お店だししたばかりの頃は「赤」で、経験の年数を積まれていくごとに、次第に白くなるように見える。“白くなる”でなく“白くなるように見える”と言ったのは、同じ羽二重の生地の赤い部分を白い刺繍で埋め尽くしていくからである。舞妓さんによっても異なるそうだが、だいたい2~3年くらいすると、右の豆まるさんのように、赤衿の全面が白になるそうだ。 同じように、柄の入り方も経験などによって徐々に変化していく。これも花街によって違いはあるが、両肩の縫い上げあたりまで描かれていたのが、やがて片側の肩だけになり、右の豆まるさんようにすっきり落ち着いた感じになっていく…というのが、一連の流れである。
赤衿の地を白い刺繍で縫い上げていくことに、私は驚いた。が、思い返せば、なるほど、とすぐに納得した。これは赤衿を拝見する機会に恵まれた時のこと、「持ってみはります?」と言われ、手にした時のあのずしりとした重さ、感覚値ではあるけれど、1.5リットルのペットボトルくらいではなかったかと思う。たしか、白い部分が衿の半分くらいを占めていたが、あれは重厚な手刺繍の重みだったのだ。 一般的な着物を一枚縫うのに、約40メートルの手縫い糸を使うというが、赤衿のすべてが白になるまでに、一体どれだけ多くの糸が使われるのかと考えると、気が遠くなってしまう。刺繍が増えるごとに、衿自体の厚みも増すから、重さもきっと半端ないだろう…。ある置屋の女将さんはこうおっしゃった。「舞妓さんは体力がないとつとまりまへんわ」-言われた意味が今ではよく分かる気がする。 先ほどから謎掛けのようだが、さいごにこちらの写真をご覧いただきたい。 さて、皆さん。どちらが芸妓さんでどちらが舞妓さんのお引きずりでしょうか!?
色味からすると、渋めのテイストの左が芸妓さん…といいたいところ。けれど、正しくは右の紺瑠璃ベースが芸妓さん、左が舞妓さんのお衣装だ。どこに違いがあるのかというと、ひとつは袖の長さ。これはよくみると一目瞭然で、芸妓さんの方が短く、舞妓さんは長い振袖になっている。 もうひとつは、舞妓さんのお着物の肩と袂(袖)の縫い上げ。それぞれ「肩上げ」「袖上げ」と呼ばれていて、七五三の時に、子どもたちが着る着物のディテールでもある。 花街では、これを舞妓さんの“可愛らしさ”を保つための決まりごととしているそうで、背の高さや年齢に関係なく、舞妓さんならば皆、この仕様のお引きずりを着用なさっている。 「どうして、“キレイ”ではなく“可愛らしさ”?」と不思議に思う方がいらっしゃるかもしれない。経験を積まれて、ますます磨かれていく大きい舞妓さんたちを見ていると、時折、香り立つような色っぽさに圧倒されることがあるのだから当然だろう。 聞くところによると、これは、かつて「舞子」と呼ばれる時代があったことに由来するらしい。今は仕込みさんとして修業をはじめるにも、五花街では中学校卒業が義務づけられているが、元は11~12、13歳の女の子がすでにプロの舞妓さんとしてお座敷に出られていたのだ。ちょうど、子どもから少女へと変貌してゆくお年頃…それに合わせてお衣装も、当時のなごりが受け継がれているという一説である。 舞妓さんといえば、「だらりの帯」と「お引きずり」。今回取り上げたこのふたつだけを見ても、彼女たちの華やかな装いの根底には、いかに奥深く、細やかな、趣向が凝らされた“美学”があるのかと、改めて心を打たれた。 色、形、柄や配置のディテール、そして、着こなし…舞妓さんの装いに、どこかひとつでも変化のある時、それは、その方が芸妓さんへの階段をまたひとつ昇られたというまぎれもない証だ。衿の白い刺繍が増える、着物の柄が片側だけに入るようになる…ひとつずつ着実に歩を進め、長い舞妓修業の果てにある極致が“襟かえ”の日だといえるだろう。 そこには、芸事の上達、おもてなしのプロとしてよりいっそう磨きがかかったということへの歓びと達成感、そして、きっと、いち女性として、溌剌と成長されたご自身への誇りも含まれているのだと思う。 やや飛躍したたとえになるかもしれないが、京の花街で芸妓さんになることは、ファッション界において、世界最高峰のオートクチュールで作品を発表することと同義だと私は思う。分野はちがっても、唯一無二の「美の最前線」を自らの手で切り拓いていることに変わりはないのだから。 西洋、東洋問わず、異文化に暮らす人々が、舞妓さんに魅せられる理由について考えてみた。広い世の中、ひとりとして同じ人はいないけれど、きっとこんな風ではないだろうか。『一本筋の通った比類なき生き方に裏打ちされた、美の極み』。感覚的であっても、それを感じ取り、本能的に惹きつけられるからこそ、興味を持ち、もっともっと知りたいと思う…。たとえそれが言葉を介さなかったとしてもだ。 Photos:Copyright(c)2012 Maiko Club All Rights Reserved Special Thanks to: WALKKYOTO(一部画像提供)http://walkkyoto.exblog.jp/i30/
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